トップページ>利用者の生活史に沿った介護

利用者の生活史に沿った介護

心の健康

Aさんは80歳の女性ですが、最近理解力や判断力の低下が目立ち、会話がスムーズにできなくなってきました。しかし、子供の頃の出来事や、苦労してきたことなどはよく話しています。ただ、いつも話の内容は同じです。話しかけられた介護者は、また同じ話を・・・とうんざりして、強い口調で「またいつもと同じ昔話ですね」と言ってしまいました。Aさんはとてもがっかりした様子でその場から立ち去ってしまいました。

<適切な言葉かけの例>

いつもお話を聞かせてくださってありがとうございます。ずいぶん御苦労なさったのですね。どうぞ昔のいろいろな体験を話してくださいね。

ある精神科医は、「昔話が多い」とか「後ろ向きの話ばかり」といわれてきた高齢者の回想を、その人自身の意味的世界として位置づけました。 痴呆症のお年寄りのなかにも、自分の存在の証として昔話をする人が少なくありません。その話はその人の人生の最も華やかで生き生きとしていた時の事であったり、愛する人との出会いや哀しい別れであったりします。それは、その人が歩んできた人生の大切なひとコマです。聞く側にとっては、いつも同じ内容であっても、話す側にはその都度さまざまな想いをのせた回想なのです。介護者が「また同じ話を・・・」と思ってしまったら、高齢者の話は虚しいものになってしまい、介護者とのコミュニケーションの糸口さえ失ってしまうのです。 高齢者が回想することは、心の健康を高めることにつながります。なので、介護者は高齢者の話に耳を傾け、想像力をもってその人の人生を理解してみてください。その時々の高齢者の感情にあわせて聞いてあげてください。そうすることによって、いつも同じ話だと思っていた内容のなかに、その人自身の意味的世界を知ることが出来るのではないでしょうか。

人格感を呼び覚ます

Bさんは75歳の男性です。大工一筋の昔気質の職人で、頑固で気むずかしい面を持っていました。 痴呆症状がでてきて家族から厄介者のような扱いを受け、特別養護老人ホームに入所してきました。Bさんは一日中眠らず、昼夜を問わずベッドの棚を相手に大工の真似事をするので、他の入所者からクレームがでました。「いつまでそんなことをやっているのですか」と注意しても、興奮するばかりで聞き入れません。

<適切な言葉かけの例>

棟梁、今日はこれくらいにして、お茶にしてください。立派につくっていただいてありがとうございます。明日は、いよいよ完成ですね。

痴呆症の方は、「いま、ここで何をしているか」という判断ができなくなることに特徴がありますが、それでも「自分」という感覚は活きています。そしてその「自分」はその人が生きてきた家族関係や職業意識としてあらわされることも少なくありません。一般的に痴呆症の方は、昼夜の区別がつかず、徘徊がひどく、他の利用者に迷惑をかけることが多く、抑制の対象になりやすく、精神安定剤を投与されることもよくあります。しかし、一時しのぎに抑制することによって、かえって症状を悪化させてしまうことがあり、安易に行うべきではありません。例えば、痛みを訴えている方に対して、鎮痛剤をどんなに処方しても心の痛みにまでは届きません。むしろ、痛くて眠れなく不安になっているであろう身体をさすってあげて、心を癒してあげるほうが効果的なこともあります。 今回のBさんの場合、集団生活の中では迷惑な行動ですが、介護者は、彼が「いま、ここで、生きている世界」を彼と共有することによって彼自身の人格感を呼び覚ますことができるかもしれないのです。痴呆症状がでてしまった今でも、彼のなかには、かつて誇りと自信をもって働いていた大工としての身体感覚がはっきりと残っているのです。そこにあわせた対応が求められるのではないでしょうか。